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 空の彼方へ



 目の前に、男が立ち塞がった。
 その後には怯えた顔をした女と少女がいる。
 彼女は振り下ろしかけていた剣を、すんでのところで止めた。
「手出しは……させない……」
 男の声は小さいものだったが、意志のあるものだった。
 武器の使い方も知らないただの村人。彼女がこの男を殺すことなんか目を瞑ったってできるだろう。
 彼女は、この国と敵対する国の軍兵。それも選り抜きの先鋭部隊の一員だ。いわゆるエリートと違い、実力のみでここまで上がってきた。何人もの人を殺し、いくつもの勝利を得てきた。
 今までの彼女は、村人の一人や二人……いや、数十人単位だって平気で殺してきた。
 しかし……。
 この時彼女は、男を斬ることを止めてしまった。正確には、斬れなかったと言うべきか。
「おーい! 片付いたか?」
「おう、こっちはな!」
 遠くで、そんな声が飛交っている。
 どうやらここにいる以外の村人達は絶えてしまったようだ。
 男はただ無言で、小さく震えながら立ち塞がっている。
 彼女は、乾いた音を立てて剣を床に落とした。
 この男の姿は……。
 それは、忘れていた者の姿。
 忘れてはいけない者の姿だったはず。
 何故今まで忘れてしまっていたのだろうか……。
 あの時……、まだ私が幼かったあの時、敵兵から私を守ってくれた父の、姿を……。
「セリア……、お前だけは……生きて…………」
 父の最後の言葉だった。
 彼女――セリアも胸に大きな傷を負っていた。しかしそれは共にいた父や母、そして兄弟達と比べれば軽いものだったのだ。
 故に、彼女だけが生き残った。
 それも、村が壊滅した後、たまたま旅商人が通りかかったから助かったというものだが。
「お前だけは……生きて…………」
 必死で生きてきた。いつ死んでもおかしくない、そんな状況の中で生き抜いてきた。
 しかし……。
 今感じてる鈍い痛み、そして胸から足へ流れていく生暖かい液体は……。
 それは死につながるものだと、セリアは遠くでその説明を聞いていた。
「……お前だけは……生きて…………、逃げて……生き延びろ…………」


 セリアが自国の軍に入ったのは、傷が癒えてまもなくのことだった。
 同じ思いはさせたくない……。弱い者が傷つけられていくのを黙って見てはいれない。弱い者を、戦から守らなくてはならない。
 そんな想いだった。
 その想いの強さ故か、セリアは数年の後には国軍の中でも有数の実力者となっていた。
 しかし、部隊で戦っていくうち、目的が変わってしまったことにはセリアは気づいていなかった。
 弱い者を守るための戦い。それはいつしか国を守るための戦いに変わってしまっていたのだ。
 多少の民を犠牲にしてでも国を勝利に導かす。小さな村を囮にして敵陣を討つ。これらのことを、国を守るため、そう信じて……そう言い聞かせてやってきたのだ。
 敵国の村を討つことも同じだった。国のため、国を守るために必要なことだったから……。
「馬鹿な女ね。貴女の守りたかったのは国じゃないのに……」
 混濁した意識の中、勝手に、言葉が口から紡ぎだされていた。
「貴女の望みは、ささやかな幸せを胸に日々を生きる、そんな普通の人たちの幸せを守る……、壊されないようにする……そのはずだったのでしょう?」
 涙が……出てくる。
 仰向けに寝ているため、それは頬の上をとおり、耳の脇を流れていく。
「私のしてきたことって何? 本当に守りたかったはずの人々を……私は、今まで散々斬り捨て続けてきたのよ。私の、この手で……」
 その……報いがこれか。
 いいかもしれない。今までしてきたことに対する償いを……、どう償っていけばよいかを知らないから。
 セリアは自らに刺さっているはずの、自らの剣に触れようとした。
 あの時男が、彼女に突き刺したはずの剣に。
「……?」
 あるべき場所に、それはなかった。
 意識が次第にはっきりしてくる。
 石の天井が見える。石の床に寝ていて、刺さっているはずの剣はない。
 彷徨っていた手が、突然何かやわらかい物に掴まれた。
 何とか頭を動かしそちらを見ると、幼い少女が自分の手を両手で握っていた。
「あなたは……」
 知っている少女だった。
 自らが殺そうとした少女。その父親に自分は刺されたのだ。
 ふと、自分が手当てをされていることに気づいた。それから、横に、自分の剣が置いてあるのにも気づいた。
「なんで……」
 セリアは痛みを堪えて半身を起こした。
 少女は小さく微笑んで、手を離しどこかへ駆けていった。
 十数人……といったところだろうか。人々が床に座り込んでいる。
 ボロボロの服をまとい重きにしろ軽きにしろ傷を負った者が多いのは、セリアたちの部隊がやった、それ故のことだろう。
「ここは……」
「村の地下です」
 何気なく呟いたその言葉に、先ほどの少女が連れてきた女性が答えた。
 少女の、母親だった。
「数十年も戦が続いていましたから、身を守るために、地下に避難所を設けておいたのですよ」
 別に聞いたわけではなかったが、そう教えてくれた。
 女性は、怒りでも憎しみでもない、優しい瞳でセリアを見ていた。
 セリアはそれが不思議で、自分が生きている……助けてもらったことが不思議で、問いかけた。
「何故……? 私は、この村を……」
「覚えてないのかしら? あなた、私たちに生きろって……生き延びろって言ったのよ?」
 それは、刺された時に父の言葉を思い出した、その時のことだ。
 声に出したつもりはなかったが、無意識に、それは言葉になっていたらしい。
「最初は驚いたわ。自分たちを殺そうとした人だもの。何か企んでいるのかと思ったわ。でも、あなたはそのまま意識を失ってしまった。
 ……セリアさん……よね? あなたの仲間が、少しの間名前を呼んで探していたわ。
 しばらく迷ったんだけど、うちの人と相談してね、ここまで連れてきたのよ。……まあ、この子があなたの手を引っ張って運ぼうとしなければ、わからなかったけれど」
 女性は、少女の頭を軽く撫でながらそう言った。
 まだ五、六歳のこの少女が、私を助けた……。
「あなたの気を失う前の言葉と、この子を信じて」
「…………」
 セリアは、身体に負担をかけないように立ち上がると軽く辺りを見回した。と同時に胸部に鋭い痛み。
「お姉ちゃん!」
「まだ静かにしてなきゃだめよ!」
 思わず顔をしかめるセリアに、少女と女性は声をかけ、座らせる。
「わかったわ。休ませてもらいます。……少し、眠らせてもらえるかしら?」
 セリアはそう言って横たわり、瞳を閉じた。


 あれから、約十年の年月が流れた。
 村は復興し、人ももとの人数に近くなっている。
 成長した少女は、あの日セリアが残していった剣を己の牙とし、この村を守るためだけにそれを用いた。
 風の噂で、旅の女剣士が村を救ったとか、そういう話を聞いた。
 それがセリアのことなのかどうか、定かではない。
 しかし少女は、それがセリアのことだと信じ、遥か空の彼方にいるその人へ、言葉を送った。
「あなたはちゃんと、守りたい人々を守っているのですね――」




○○○○○○○○○○

しき:これはrainさん原案の作品です。
ソラ:聞いた話だと「キリ番ふんだ、なんか案くれ」って言ったって?
しき:そ、そんな人聞きの悪い……。「なにかいりますか?」って言われたから案を……って言っただけで。
ソラ:「案くれ」って言ったのは確かなんだね。
しき:……はい。で、で、えー、この話。
ソラ:話しそらした……。
しき:やはり原案者が違うと設定がしっかりしていますね。
ソラ:もとは長編用の1イベントだったってことらしいね。
しき:そうなんです。そんな大事な案をくださって、ありがとうございました!


 
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