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 月の女神



 『太陽は月を支配する。しかし、月は太陽を支配することはできない』
 太陽を崇める国は、そう言った。

 『月は夜、太陽を支配する。月がなければ太陽もないに同じ』
 月を崇める国はそう言った。

 つまり川で隔てられたこの二つの国は、長い間いがみ合いを続けていたのだ。
 そしてあの日、あの時は、両国の神が地上に降りてきて話し合いをするはずだった。そのはずだったのだ、本当は……。






「そーいうわけで、お前、女神になれ!」
「はぁ?」
 俺は友人のその言葉に、思わず素っ頓狂な声をあげてしまった。
 こんな場所で、こんな時に、こんな声をあげるべきではないのだが……。
「め……女神って……、だって……俺男だし……」
 慌てて声を抑え、それでも呟くことを止められずに周囲を見やると、数人の男たちが複雑な表情でこちらを見ている。たった一人を除いて。
「文句は言わせねぇぞ。お前が自分から協力するって言ったんだ」
「………………」
 俺は無言のまま、神官である友人――ヴァルを見た。
 その顔には、神官とは思えない程の悪どい笑みが浮かんでいる。
 昔ながらの友人で、こいつの性格はよくわかっている。こういうときに冗談を言う奴ではない。が……。
「気のせいならいいんだが、楽しんでないか?」
「とーんでもない! 何を言うんだルード。
 国の一大事にそんなこと、俺の考えうる最善の手を述べただけだぜ?」
 ヴァルはその笑みを消さぬまま言った。
 正直言って全然説得力がないぞ……。
「だったら! おまえがやるとか、この国の女に頼めばいいじゃないか。
 俺が女装してまでそんなことをする必要はないだろう」
「無理さ」
 俺の希望の含んだ声をあっさりと打ち砕いたのは、今まで沈黙を保っていたヴァル以外の神官だった。
「知ってのとおり、この国の総人口は三十人に満たない。それは向こうさんとて同じ事だ。
 こちらも、向こうも、相手の住民の顔を全部、覚えている。それだけなら代用のたてようもあるが、相手の神の顔も互いにしっかり覚えているのさ」
「そーいうことだからさ、アティシア様にそっくりなお前に頼んでるんだよ」
 ……悪かったな、女顔で
「それとも、誓いを裏切るのか?」
 う…………。
 その言葉を言われると、こちらとしてはつらいところだ。
「わかったよ、三日間だけだからな」

 ここ月の国と隣国の太陽の国とは、自分たちが崇める神についての意見の違いから、常に小さな争いが起きていた。
 そんなある日……確か一週間ほど前だった聞いたと思うが、同じ月の女神を崇めるものとしてヴァルはこの国に協力をし始めたのだ。
 そこに、ヴァルがいるなんて全然知らなかった俺が通りかかってしまった。
 ヴァルは俺のことを発見すると、こちらがわけのわからぬうちに協力することを誓わせたのだ。しかも、月の女神に誓わせたのではなく、しっかりと俺の崇めている大地の神に、だ。神官の身としてはそれを破るわけにはいかない。
 ずるがしこいやつめ。
「よーし、できた。完璧だ」
 ヴァルはそう言うと、悪どい笑みを浮かべたまま一人うなずいた。そして諦めの入った俺を、先ほどの会議場に連れて行く。
「おおっ」
 一瞬の間を置いて、部屋がざわめいた。
「女神様じゃ……」
「本当によく似ていらっしゃる」
 感嘆の声なのはわかった。しかしこれは、褒められているのだろうか? それともけなされているのだろうか?
「あのさ……」
「ばかやろーっ!」
 これからどうするのか、それを聞こうとした俺はいきなりヴァルに怒鳴りつけられた。
 そういえば女神――アティシア様は言葉を用いないんだったっけ。
「お前には日の出とともに、アティシア様として太陽の神――レバートゥと会ってもらう」
 おお、太陽の神を呼び捨てだ。俺の崇める大地の神は、全ての神を平等に扱えと……たとえ敵対する風の女神であっても敬称を付けるようにおっしゃっている。その辺が他の神様と違う所なんだな。

 さて……、翌朝。
「サァンサっ?!」
 二国をつなぐ橋の上で、俺は思わず声をあげてしまった。
 先日述べたように、ここの神たちは言葉を発さない。話し合いというのも、この橋で向かい合って心で会話をするということだ。それも三日三晩ずっと立ったままで。
 ところで今回のこの事件の発端は、この話し合いに来るはずだったアティシア様が約束の日――話し合いの七日前になっても姿を現さなかったことから始まった。
 話し合いは年に一回の重大な行事で、それに出ないとなれば相手国に何を言われようと仕方のないこと。そうならないために、俺が身代わりになったというわけだ。まあ、あくまでカモフラージュなので太陽の神にはばれてしまうとわかっていたのだが。
 さて、それはともかく。言葉を用いないはずの女神が声をあげてしまった。これは困った事態だ。
 しかも俺の今の声は相当大きかったらしく、月の国、太陽の国の両国の人々に聞かれてしまったようだ……。
「あちゃぁ〜」という、ヴァルの気まずそうな声が聞こえてくる。
 その気持ちもわかるが、俺は太陽の神の気持ちも何となくわかる。
 どうして月の女神が自分の名を知っているのか? ってところだろう。
「あんた、レバートゥ様じゃないな、サァンサだろ。
 何で風の女神を崇めるあんたがここにいる?」
 ばれてしまったものは仕方がない。俺は開き直ってレバートゥ様を名乗る者に問いかける。
「……ふ……ふふ……わかったわ。君、ルード君ね? どおりで、あたしのこと知っているはずよ」
 諦め、そして納得したようにサァンサは言った。そして俺をじぃーっと観察すると、
「似合ってるじゃない、その姿」
 ……………………………………ひ、人が気にしていることをこのおんなぁーっ! あいつだって男装してるじゃないか!
「あ、そうそう、男装の女はかっこよくていいけど、女装の男ははっきり言って変態よ。まあ、心まで女だって言うなら別だけど」
「ぶわぁーっはっは! そりゃそうだ。お前の負けだよ、ルード」
 後方で、ヴァルが馬鹿笑いをする。振り返ってみれば他の人々も苦笑いをしていた。
 くっくそぉー! 誰が好き好んで……っ!
 とたんに堪えていた恥ずかしさと怒りが爆発した。……というか、一線を超えてしまったのか何も言えない状況になってしまった。
「全然わからなかったもの。ほんと、よく似合ってる、女神様」
 その瞬間、俺は走り出していた。自分でどうやって走ったか覚えていないのでどっちの国を通っていったか定かではないが、何人かの人を弾き飛ばしたのは何となく覚えている。
 しばらく走りつづけた。
 両国共に見えなくなってからも走るのを止めなかった。
「どうしたんですか?」
 さすがに疲れて肩で息をしていると、一人の男が声をかけてきた。俺は顔を上げて「なんでもない」と答えようとして……、その男の顔が赤くなったのを見た。
 きらめく汗、輝く銀の髪、そして…………。
 俺はその時ようやく気づいたのだった。自分がまだ、女神の変装中だったことに……。

 くっそぉーっ! 月の女神と太陽の神、どこ行ってんだよ!! てめーらなんて一生崇めてやるもんかっ! んでもって、ヴァルとサァンサのバカヤロ――――!!




○○○○○○○○○○

しき:この話は……最初の「そーいうわけで、お前、女神になれ!」から考えた話です。
ソラ:女神さんになれるなんてすごいよね〜。
しき:まあ見た目だけだけどね。
ソラ:綺麗だし、楽しそう〜。
しき:うーん、ルード君が女の人なら楽しむだけですんだんだろうけどね(苦笑)
ソラ:そういえばこの物語の人たちの名前って、なんか由来があるって聞いたよ?
しき:おー、そうですそうです。「ルード」「ヴァル」「サァンサ」つなげて「ルードヴァルサァンサ」→「ルドヴァルサンサ」
ソラ:なんか無理してない?
しき:気にしない気にしない(笑) これを逆から読んで。
ソラ:サンサルヴァドル?
しき:そのとおりです〜! サンサルヴァドルって言うのは島の名前で、コロンブスが上陸したって言われている島なのだ。
ソラ:へ〜。でもなんでそれがこの物語の人の名前なの?
しき:う”。そりゃあ……。なんとなくです。名前考えるの大変なんだぞ〜!!


 
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