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 黒猫の恩返し



 もう、一時間も待っていた。
「遅いなぁ……どうしちゃったんだろう」
 今日の約束は午前10時にこの家、である。
 いままで遅れてきたことのない友だちが、ここまで遅れていると心配になる。
 天気が悪いわけではない。むしろ良いと言っていい。
 この家に来るまでは徒歩だ。遅れる原因が、悪いことしか浮かばない。
 何か事故にあったのでは……。
 怖いおじさんにつれていかれたんじゃぁ……。
 いつまで来ない友を心配して、心配して、……眠っていたのは気のせいで、心配し続けていた。
  コンコンッ
 扉をたたくその音がどんなに待ち遠しかったことか!
 立ち上がる際に机に足をぶつけたがそんなことは気にしていられない。
 長い青の髪が口に入りそうになったがそれも気にしていられない。
 とにかく玄関を開けるのが優先だった。
 がちゃがちゃっと荒い音をたてて玄関を開ける。
 そこには、待ちわびていた女の子が、なぜかびしょ濡れになってそこに立っていた。
 そして、「こんにちは」という声の代わりに「にゃあ」という声が聞こえてきた。
 よく見ると彼女の後ろには黒ずくめの女の子が立っていた。
「あっ、わっ。こんにちは!」
 その女の子は慌ててそう言うと、ちょっと照れたように目をそらした。
「あーうー、バンリちゃんごめんね、遅刻しちゃった……」
 あっけにとられているバンリに、びしょ濡れの少女はそう言った。
「それはいいけど……、と、とにかく入って。身体拭いてね、ソラちゃん。
 それから……」
 バンリはソラの後ろに立つ少女のほうを見て言葉を止めた。
「ルイですっ」
 名乗られてバンリは軽くうなずき、玄関を通した。


「じゃあ……、ルイちゃんがそのときの猫さんってこと……」
 長くて青い髪を丁寧に結ってあるオッドアイの女の子バンリが、サラダを口に運んで言った。
「そういうことですっ♪」
 短い黒髪に全身黒ずくめの女の子ルイが、食後のアイスミルクを飲みながら答える。
「それでね、お菓子の家なの♪」
 話をいっきに飛ばしたのは、肩ほどまでの茶髪に、幼い顔立ちの女の子ソラ。ジャムのたっぷりのったトーストをかじりながら、デザートのゼリーを凝視している。
 今日は、お昼を一緒に食べる約束をしていた。
 本当はバンリの家で二人で作って食べる予定だったのだが、濡れた身体を拭いたり服を乾かしたりしていたら時間がかかってしまったので、外へ食べに来ていた。
 そしてそこで食事をしながら遅れたいきさつを話していたのだ。
 ソラは約束の時間丁度にバンリ宅に着くように家を出たのだが、途中渡る川で黒猫が溺れているのに遭遇したのだ。ソラは迷わず川に飛び込んでその黒猫を助けた。
 何とか猫を助け出すことに成功したソラは、急いでバンリ宅へ向かった。
 ところが助けた黒猫が、赤いリボンを揺らしながら黄色の鈴を鳴らしてずっと着いてくる。
 視界にうつる黒と赤のコントラストに、いくら歩いても聞こえてくるチリリン、チリリンという音。
 なんとなくちょっと遠回りをして路地に入ると、そこでその黒猫に異変が起きた。
 瞬く間に女の子の姿への変わったのだ。
 それが、ルイだったとういうことだ。
「助けていただいたお礼にと思ってね。
 黒猫一族の魔力でかなえられることは何かない? って聞いたのよ」
 ソラの「お菓子の家」発言の補足に、ルイはそう言った。
「バンリちゃんと一緒にあたしの願い事楽しもうと思ったんだぁ」
 聞いてみると、ルイの魔力ではお菓子の家を楽しめるのは1時間が精一杯ということだ。
 だがたとえ一時間でも夢のお菓子の家を堪能できるなら幸せである。
「食事終わったら家に帰ってみて。お菓子の家になってるはずだから」
 ルイの言葉に、そうでなくとも嬉しそうなソラの顔がさらに嬉しそうに笑顔を作った。
「じゃ、私はもう行かなきゃっ」
「あ……」
 と何も言う間を待たず、チリリン……ッと小さく鈴の音だけがあとに残った。


「わぁぁあ! 玄関がチョコレートだ〜♪」
 バンリの家に戻った二人は、見事にお菓子の家と化したそれを目の前にし、笑顔を作った。
 玄関を軽く折って口にほおり込みながら、二人は室内に入った。
 ほどよい甘さが口の中に広がり、甘い香りがあたりを包み込んでいる。
 構造はバンリの家そのものだが、その素材はお菓子だらけだった。
 チョコレート、キャンディ、クリーム、おせんべい、ようかん、お団子、カステラ、ポテトチップス、ウエハース、それからそれから……。
 飴素材の器には、なぜか果物まで乗っている。
「すごーいすごーい!」
 ソラはもう感激である!
「ねーねー、このウエハースの小棚食べていい?」
 念のため家の主に確認をとってはいるが、目はもう食べる気満々である。
 バンリのほうは、それに答えながらも自分の家がこうなったことに驚きを隠せなかった……のは一瞬で、今はもうソラと食べることに夢中になっている。
「このおせんべいの壁掛け時計おいしい〜」
「おふとんはわたがしだよ〜おいし〜」
 夢中になっているうちに時間は過ぎ……。
「この本チョコレートで文字まで書いてある……」
 すごーい。
 と言おうとしたバンリだったが、急にそれを止めた。
 あわててその本の形をした物を手に取る。
 表紙には……『diary』の文字。そしてそれを開いてみるとそこにもチョコレートでなにやら細かく書き込まれていた。
「こ、これ……これ……」
 ふと気がついた。
 これはもしかしてもしかしなくても……。
 慌てて家の食材置き場を確認する。
 …………!!!
「そ、ソラちゃん! 食べないで〜っ!」
 いまさらながらにバンリが叫んだ。
「ふへ?」
 スティック状のお菓子を口に含みながら振り返るソラ。
 その瞬間。
 魔法がとけた。


 お菓子の家がここにあったということは、今まであったものはどこにいってしまったのか。
 何故お菓子だらけの室内に、不自然に果物がおいてあったのか。
 そして何故、自分の日記と同じことがお菓子の日記に書かれていたのか。 
 そう、それはこのお菓子の家がもともとあった家そのものだから。
「あうー。お菓子が鉛筆になっちゃったよ……」
 直前まで口にしていたスティック状のお菓子は、鉛筆だったようだ。
 魔法がとけると、全貌が明らかになる。
 ちぎりとられた玄関。
 半分に砕かれた時計。
 不自然にやぶれた本。
 手に持ったままのバンリの日記。
 確認した食材置き場の食材。……これはお菓子の家のときも同じだった。
 もともと食べれるものはお菓子にならない、という魔法だったようだ。
 …………。
「わたしのー、家がーっ!」
 叫んでみたが、扉のない玄関から風が吹き込んできただけだった。


 チリリン……。と鈴が鳴った。
「そろそろ魔法がとける時間ね」
 ルイは軽く空を仰ぐと離れた場所からバンリの家を眺めていた。
「私の魔力じゃああれが精一杯だけど、喜んでいたみたいだからいっか」
 遠くから聞こえるにぎやかな声を後に、黒猫は去っていった。
 赤いリボンと黄色の鈴を風に遊ばせながら――。




○○○○○○○○○○

しき:このお話は森本万理さんからのキリリクです。
ソラ:お菓子の家だったの〜♪
しき:はいはい。リクエストがお菓子の家だったわけではないです。
ソラ:おいしかった〜♪
しき:さて「ソラとバンリ(森本様のオリキャラ)のお話」ということで書きましたこの話。
ソラ:あたしは幸せだった〜♪
しき:そりゃ、ソラはね。でもバンリちゃん……。
ソラ:あうー、ごめんね〜、お布団食べちゃったよう。
しき:はははは。バンリちゃんだけ幸せじゃないしっ。はうっ。


 
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