| 喧嘩 |
「次の試合、アルク対ウォークは午後一から始めることとする!」 歓声があがる。 それがたった今決着のついた試合についてなのか、午後に始まる試合に向けてのものなのか、俺にはわからない。 観客の興奮なり止まぬうちに、会場は明かりが消され、闇に閉ざされた。 午後の試合人は各々の休憩室で昼休憩を迎える。俺も例外ではなく休憩室にいたが、昼食を取る気は全く起きなかった。 試合……なぜかそういうことになってしまった。 理由はアレだ。一人の女を巡る……というありふれたもの。と、そう皆には知らされている。 この国では、十五歳以上の貴族同士の喧嘩は禁止されている。 それが発見された場合は有無を言わさず正式な場所で試合というかたちで行われる決まりになっているのだ。 その決まりのせいで、俺はこんな所にいる。 だいたい理由がばかばかしい。 あまりのばかばかしさに本当のことを言えず、かといってあまりに大きく違うと後々試合管理局に確認されるとやばいので、嘘ではない……はずだ。 本当ならこんな試合やりたくはないのだが、口喧嘩の発展したのが試合管理局に見つかり、あれよあれよという間に試合管理局に登録されたというわけだ。 この試合……一度登録するとどちらかが自主敗北を申し出ない限り、取り消しは行えない。 たとえ当人同士での和解があったとしても、だ。まあ、その場合はたいてい試合場に二人ともが行かない、という、同時リタイアで和解と取られるので問題ない。 この試合で厄介なのはその強制力と……家のランク決めがされるところ。 貴族内では戦闘ランク、学術ランクの二種が設けられていて、この試合で戦闘ランクが大きく変動するのだ。 それがなければこんな試合ほったらかして街中を散歩でもしているところなんだが、出なけりゃ親父に何をされることか……予想したくもない。もちろん、負けてものことだ。 「はぁぁぁ……」 ため息しか出てこない。 試合の決着方法はどちらかの棄権、同時棄権、試合の勝敗の決定、最大試合時間まで試合がつづいた場合のいずれか。 ウォークの奴はやる気満々で和解なんてみじんも思っていないし、最大試合時間の六時間も戦っていたくない。そしてもちろん……負けるわけにもいかない。 「貴族なんかに産まれるんじゃなかっ……とか言ったらまたアイツがでてきてややこしくなりそうだな」 やっぱり、ため息をつくしかないようだ。 俺が何度目かのため息深く深くついていると、会場が明るくなったようだった。 ほとんどただぼーっとして過ごしてしまった。 作戦ぐらい練っといた方がよかっただろうか。勝たなくてはならない試合で、相手は俺と同じぐらいの強さ。 ……とまあいまさら考えたところで時間切れだ。 「アルクさん、会場に向かってください」 ほらお迎えが来た。 「ああわかった、すぐ行くよ」 俺は係りで予備に来た男にそう返して、試合で唯一許されている武器……ただの木の棒を手にした。 会場の観客席は昼前のように多くの人でうめつくされていた。 どうやら町人たちの間では、この試合を賭けに使うというのが流行っているらしくそれ故の人数なのだろうが……それにしても暇人が多いものだ。 観客席にぐるりと囲まれた試合場は、一人の男が立っている。貴族の者である証の金の髪に、この試合で許されている唯一の防具……この場所で貸し出している皮の鎧を身にまとい、腕を組んでこちらの方をじっと睨んでいた。 俺も似たような姿だか、ウォークより少し背が低いのと髪が少し長いのが違う。 そして今いる場所……ウォークは試合場の上にいるが、俺はまだ入り口に身を潜めていた。 作戦というほどではないが、時間ギリギリまで試合場に行かずに相手のイライラ感を高めてやろうってわけだ。まあ、こういう手段を使う奴は結構多いので観客も係りの人もまたか、といった風で特に気にしていないようだが……、ウォークの方はそうでもないようだった。 「アルクめ……たしかに朝はここで見かけたのに」 足が落ち着きなく動いてるあたり、なかなかいらついているようなのがわかった。 おっと、そろそろ時間か……。 「すまんすまん、寝過ごしたみたいだ」 「貴族だってのにサイテー」 さらに怒りを増させるためのその言葉に、観客席から反応があった。 先ほども述べたように、この試合ではよくあることで反応が起きるなんてことはなかったのだが……。 声の方を見てみればそれも納得。黄色いリボンで濃い茶色の髪をたばねた、緑の色の瞳の女。どこにでもいそうな普通の町娘に見えたが、こういった男の集まるところにも似合いそうだった。 「ランちゃん!」 と今までのイライラが嘘のように、ウォークがその女にこやかに声をかける。 ……そんなことすんなよ……わかってないなコイツ。 いまこの試合が何の名目で行われているか。 一人の女を巡る……ということになっているんだ、そこでこんな反応したら……。 「お、その娘が噂の!」 「もてる女はつらいねぇ!」 「かわいい娘じゃないか、そりゃあんたらが奪い合いたくなってもしかたねぇな」 ……ほらな。 たしかにこのランが試合名目の「女」であることは間違いないのだが……。 しかも問題はこれだけじゃない。 「はぁ?」 大きな声でそんな声をあげたのは、多くの観客に取り囲まれたランだった。 「誰が誰を奪い合ってるって? 当人は何故こんなことになってるか知らないんだ。 これは俺たちが言い訳として考えたもので真実ではない理由が公表されている。 そんなことを知ったら……。あぁ、またややこしくなる。 「なんだ、知らないのか? あの二人は一人の女を巡っての試合をしてるんだぞ。女ってのはお前さんだろ?」 いらんことしてくれるおっさんはどこにでもいる。 そして言われた方のランは見る見るうちに顔を赤く……て。なんだ? 俺が思った「赤く」と、ランが実際に見せた「赤く」は別のもののようだった。てっきり怒りの声でも飛んでくるかと思ったのだが……。 その様子を見ていた俺の目と、ランの目がぶつかりあった。 その直後、ランはあたふたと視線をそらす……て、まて、なんだその反応は! 「と、とにかく試合開始、試合官!」 その先を考えることを止めて、俺は試合開始を促した。なんだか誤解が生まれたような気がしてならないが、とりあえずは試合に集中しておくことにしよう。 「はい! では、アルク対ウォークの試合……開始!」 試合開始の声と同時に、俺は木の棒をウォークに向かって振り下ろしていた。 てっきりランに気をとられてるものと思っていたが、ウォークは俺の攻撃を自らの持つ木の棒ではじき返してきた。 だが、それは予想済み。避けるよりも立ち向かうことを好むウォークへ、軸にしていなかった左足で足払いを仕掛ける。 そうすればこいつのことだ、倒れる前に攻撃を仕掛けてくるだろうからそれを避けつつのカウンターで……って、うわわっ! 足払いを仕掛けた俺の足が、ウォークの木の棒で持ち上げられていた。次の攻撃のため棒を構えていたのがあだとなったか、俺はウォークとほぼ同時に地面に衝突した。 これは……なかなか痛い。 俺がウォークの攻撃スタイルを知っているのと同じぐらい、ウォークも俺の攻撃スタイルを知っているというわけで、だからこそイライラさせて思考力の低下を狙っていたんだが……。 まあ、始まってしまったものはしかたない。 「なあウォーク」 起き上がり、距離をとりながら俺は話しかける。 ウォークは反応を示さない。攻撃の構えを崩さぬまま、その機をうかがっているようだった。 「お前……あの女のこと好きなんだろ?」 反応を……しめそうとしない努力はあった。 顔だけが真っ赤に染め上がった以外は何も変わらなかったわけだから、ウォークにしては我慢してる方だろう。 「……お前恥ずかしがりやだからな。いつになったら面と向かって言えるんだか……俺としちゃあうまくいってほしいのにと心配してるわけだ」 嘘ではない。なにかと文句つけてくるランだが、黙っていれば可愛い方だろうし、ウォークにあずけておけばそうそう俺ばかり相手にしてもいられないだろう。 「ここは俺も協力するからさ、和解という形で……」 試合開始後の和解は、両選手同時にリングアウトすること。試合舞台から追い出されても場外負けとなるこの試合では、横に並んで二人同時に降りることで和解とみなされる。 「…………」 真っ赤に染め上がった顔のその表情はよく見えないが、一度緩みかけていたその拳が、またきつく握り締められていた。 「お前の……そういうところが昔っから嫌いなんだよ!」 もしかしたら和解を申し入れてくれるかも……などと思ったが、やはり無理か。 「お前は本当のこと気づいておきながらいつもそうだ。俺の好きになった娘はいっつもお前を見てるっていうのに!」 ……は? 「こないだだってそうだ! せっかくランちゃんが焼いてくれたクッキーをまずいとか言いやがって、その心を傷つけやがった」 そう……原因はクッキーだった……。 俺たちが二人で町の噴水広場を歩いていた時に、近くの雑貨屋の娘……ランから渡された物で、その場で食べろ! というような視線を感じたから食べたのだが……。何をどう間違えたらこんな味になるのか、思い出したくもないほど強烈な味のクッキーだったのを覚えている。 その時の俺の表情と、小さく漏れた「まずい……」の言葉に、ウォークが怒りだしたのだ。 せっかく女の子から貰ったものをなんて顔して食べるんだお前は! とかなんとかわめきたてて……。 そこまではまあ耐えられたのだが……。 「貴族の方には口にあいませんね!」 なんておそらく自分で味見していないだろう調理者が混ざってきたからまたややこしくなった。 「俺は貴族になりたくてなったわけじゃない。貴族になんてなりたくなかったよ」 「それはあんたが貴族だから言えることでしょう! これだから貴族ってのは……」 貴族同士でなければ試合になることはないという安心感と、いままで耐えていたこととが重なって、売り言葉に買い言葉が始まってしまった。 「これだから貴族、どうしたんだ? 貴族の苦労もしらないで、これだから一般の方々とは話が合わないね!」 「その言葉! いまこの広場にいるほとんどの人を敵に回したような言い方! やっぱりお偉い貴族様は気配りの必要もありませんからね!」 「だいたい、面識があるとはいえ、いきなりこんな味の食べ物渡してくるなんてなんか恨みでもあるんじゃないのか?」 「そんな言い方はないだろ?!」 と、貰ったクッキーを食べていないウォークがランの味方についた。 広場にいる人たちが遠巻きに俺たちの方を見ながら囁くのは、ランの味方的言葉だった。 た、たしかにすこし言い過ぎたかもしれないけどな……。 「だ、だったらお前ら、食べてみろよ!」 手に持ったままだったクッキーの入った袋を二人の前に差し出す。 「味見ぐらい失敗品のほうでちゃんとしたわよ!」 なんて言いながら手に取るランと、無言に口に含むウォーク。 サァ……と青くなるランの顔からすると、失敗品とやらの方とは比べ物にならないほどの失敗品だったらしい。 「ど、どんな味でもな、せっかく作ってきてくれた物を……ゲホゲホ」 良いセリフ言おうとしてるのはわかるが、しわの寄った眉間とその咳き込みが台無しにしている。 ランはその味がショックだったのかどこかに吐き出したくなったのか、そのまま走り去っていってしまった。 「今、ランちゃん泣いてただろ!」 たしかに、涙を浮かべているように見えた。だがそれは……。 「なんか咳き込むのこらえようとしてたからそのせいだろ?」 「いぃや、お前のせいだ。俺のランちゃんを泣かせるとはなんて奴だ」 「いや、だから俺が泣かせたわけじゃ……」 って、おい、いまなんかさりげに「俺の」とか言わなかったかコイツ。ははぁーん、さてはウォークの奴……。 と俺の意味の含んだ表情が気に障ったのか、ウォークが俺に殴りかかってきた。 「うわ、バカ! こんなところでそんなことしたら……」 …………。 というのが全てだった。 クッキーが原因で試合なんてあまりなものなのでランを巡っての……と報告したわけだった。 ウォークが好意を寄せてい女にむかって、ひどいもの言いをした俺が許せなかった……てところが一番正しいだろう。さらにその気持ちに俺が気づいたってのの恥ずかしさの反動かもしれない。 「あの時の件に関しては俺も言いすぎたと思ってるよ。もう少し言葉を選ぶべきだったと思うさ」 「そんなことはこの試合には関係ないんだよ」 「……へ?」 返ってきた予想外の言葉に俺は変な声をあげてしまった。 そんなことも何も……この試合の原因はそこにあるはずで……。 「とぼけるんじゃねぇ。お前はいつも俺の好きになった娘をそうと知って奪ってきやがる。今回だって、ランちゃんからのクッキー、お前の方が一枚多かったんだぞ!」 意外と細かいな……。枚数なんて気にもしてなかったが……て……。 「ちょっとまて、誤解があるようだが……、俺は一度だってお前の相手を奪おうなんて、思ったこともないぞ!?」 惚れ症のこいつからそんなことしてたらきりがない。だいたい俺は今のところ彼女が欲しいとか考えてもいない。 「だから、一層手におえないんだよ!」 なんだそりゃ。 それってあれか……? ただの逆恨みってやつじゃないのか……? これはもう何を言ってもダメそうだ。となればさっさと試合を終わらすのが一番か……。 「……どうも話してても解決しそうもないな」 「そうだな」 改めて木の棒を構え合う俺とウォーク。 お互い相手の隙を狙ってすぐには動かない。目と目がぶつかり合い、動きのない戦いが続くかと思ったその時、ウォークの額から一筋の汗が流れてくるのが見えた。その汗のコースは見開かれた目に向かっている。 汗が目に入る瞬間……今だ! 俺はその瞬間を逃すまいと一気にウォークの懐に飛び込んだ……が、予測されていたのだろう、俺の一撃はウォークの素手で止められていた。受け止められたどころか、一瞬の隙をついてその棒を奪われてしまった。 しまった……。 「アルク!」 遠くから上がった心配そうなその声はランのもの。 振り上げられたウォークの腕が……その声に止まった。 俺はそのチャンスを逃すまいと間合いを取ろうと後ろに下がろうとして……。棒を投げ捨てたウォークに押し倒された。 「お前が! お前の……」 そして俺の頬を両手で引っ張ってきた。 「お前のこの顔が全て悪いんだ!」 思わぬ攻撃に一瞬されるがままになっていた俺だが、すぐに反撃に出た。 「俺の顔? んなもん生まれつきなんだよ、文句言われる筋合いなんてねぇ!」 腹を蹴り上げ今度は俺がウォークの上にいる状態になる。 「え、聞いてるかこの耳!」 ウォークの両耳を引っぱりながら押さえつけて言った。 ……こうなるともう子供の喧嘩以外なんでもないような気がするが、そもそもただの喧嘩なわけだから、間違ってるわけではない。 つねって、 蹴って、 殴って、 引っぱって。 「……ルクさん! ウォークさん! 試合終了です!」 当人たち日ごろのたまったものを一気に放っていたせいで、試合官のその声が聞こえたのもかなり後になってからだったようだ。試合官のあきれた顔と、人の減ってきた観客席がそれを物語っている。 まさか……こんなことで限界試合時間を使いきろうとは思っていなかったな……。 「なんだ、もう終わりか……」 お互いよろよろとしながらも、どこか清々しい顔で立ち上がる。 普段ちょっとしたことでも喧嘩の出来ない俺たち貴族にとって、試合は良い機会でもあるのかもしれない。 まあ、それをランク決めの基準にするのはどうかと思うが……。 「やっぱり……」 試合場から降りた俺たちに向かって、ランが冷たい視線を向けていた。 「やっぱりあなたたち貴族ってわからないわ」 一言を残し、スタスタと去っていってしまう。 「ラ、ランちゃん! ちょ……」 ここから止めようとしたところで、試合場から観客席に行くには遠回りをしなくてはならず……。 「諦めるんだな」 手を伸ばしたまま固まってしまったウォークの肩に、ポンと手を置いてやった。 「……アルク……」 喧嘩するほど仲がよい。よく聞く言葉だし、俺はこれに同意している。 ウォークとはしょっちゅう喧嘩……といっても十五歳過ぎてからは口喧嘩までだったが……しているし、意見の対立は数知れない。それでも俺は親友だと思っている。いわゆる喧嘩友達ってやつなのかもしれないな。 「なに、またいい女が見つかる……!」 慰めの言葉を言う俺の腹に、ウォークの拳があった。 「…………」 「ウォーク、お前せっかく俺がいい友情話でけりをつけようとしてるときになんてこと……?」 言いながら睨みつけてやろうと、その顔を覗き込むと、口元に笑みが浮かんでいるのがわかった。 「試合官! 明日の八時まではここ空いてるんだよな!」 「え、あ……はい……」 ウォークの言葉に、選手が帰るまではいなくてはならない試合官がその先を予想してか引きつった表情を浮かべて答えた。 「じゃあ……延長戦といくか」 俺は言って、試合場に上がった。上がってから、邪魔な皮の鎧を脱ぎ捨てる。 「おうよ、気が済むまで付き合ってもらうぞアルク!」 同じく鎧を脱ぎ捨てウォーク。 俺に似合わないセリフで言うならば、俺らの友情を示すには拳と拳が一番だ! とかそんな感じだろうか。 「試合官! 試合開始の合図だけ頼むわ」 「……できるだけはやく終わらせてくださいよ。もう……、始め!」 俺たちはその言葉と同時にお互いの拳をぶつけ合っていった。 朝は、あっというまに迎えられそうだった。 ○○○○○○○○○○ しき:これまた過去100のお題にチャレンジしていた時のものです。 ソラ:たしかお題は……タイトルと同じだね。 しき:うん。「喧嘩」がお題でした。 ソラ:今回のキャラ名はなにか共通点があるって聞いたよ。 しき:はいはいそうです。予想するまでもなくわかりやすくなってますね。 ソラ:アルクさん、ウォークさん、ランさん……。 しき:歩く、walk、run ソラ:歩く、歩く、走る……。 しき:たまには遊んでもいいっしょ〜。 ソラ:また名前考えるのが面倒だったとかそういうのだよね。 しきはっはっは、それは言わないお約束だよ。 |